校長室より

念願の・・・信長の休石

*1月5日の話題です。

まったくの私事ですが・・・念願だった「信長の休石」に座ることができました!

NIE実践校として複数紙を届けていただいています。ポストがいっぱいにならないように冬休み中も時々学校に来てみました。

昨年は冬休み中に体重が増え、なかなか落ちなかったので、今年は一日10000歩は歩くことにしていました。この日は1日に続いてですが古城山登山をしてみました。

いつもは職員玄関に車を横付けしましたが、この日は第1駐車場から①山頂⇒②展望台⇒③城山住宅を横目に下り④学校ポスト⇒⑤第一駐車場のコースで歩き始めました。

①への登り方もいくつかルートがあります。まっすぐ蘭丸広場に進むことが多いのですが、今回は登山っぽく途中で左に進路をとりました。(「〇〇の径」と看板がありましたが、忘れました。)

このルートだとBBQ広場を通らず、記念碑まで登ることができました。そこから①山頂へ。続いて②展望台へ。遠くに雪をかぶった山々を見ることができました。そして③向かおうとしたのですが、こんな看板を見つけました。

写真のとり方がなってなく、「どこに?」という感じですが、私にとっては「ついに見つけた!」という看板でした。

実は、平成18年度(だったと思います)東可児中学校で2年生を担任したとき、有志の子ども達と兼山探検をしたのです。歴史の授業で森蘭丸を取り上げて授業を考えました。「日曜日にフィールドワークをします。」と子どもたちに話したら、男子は3人(だったかな)自転車で、女子も3人(だったかな)公共交通機関を乗り継いで歴史資料館に集合。森蘭丸や兼山の歴史に触れようとまちを歩きました。兼山湊(他にも数か所)では、お金を入れると案内が流れる箱が設置してあったと記憶しています。子どもたちが「すげ~!!」と言いながらメモしていたことを思い出しました。古城山も登りました。途中に斎藤正義が描かれた大きな看板があったこと、髪型がオールバックでびっくりしたことも思い出しました。歴史館で頂いたパンフレットから、「信長が腰をかけたと言われる石=信長の休石」の存在を知りましたが、その時は見つけることができませんでした。子ども達とした「座ってみないな」という会話を思いだしました。

前振りが大変長くなりました。以上をこの看板を見た瞬間に思い出しました。(前回に引き続い、記憶の話が続きます)

時間は8時15分。家族には「すぐ戻る。」と言って出てきました。少し迷いましたが、私は落ち葉だらけの山道を進むことを選択しました。

なかなかいい感じの山道です。

進みます。

しばらく歩くと古い看板がありました。進みます。

いい感じの山道です。

もうすぐです。

ありました!!

どこに座ったんでしょうね。ここはもちまえの想像力・妄想力を駆使して時代をさかのぼってみます。

冬休み中に『なぜ信長は葬られたのか~世界史の中の本能寺の変~』(安部龍太郎:幻冬舎新書)を読んでいたこともあり、ますます自分勝手な思いが膨らんできます。

やっとこれた。念願の「信長の休石」体験でした。うれしかったです。しばらく目を閉じてから下山?しました。

立派な門松。大手門も解放されていました。

昨日まで閉じていたエコボックスも開いてました。

以上私的なお話でした。

今年も、小さなことでも「やってみたいな」を実現していく、そのための準備や計画、努力ができる1年にしたいと思います。

では、明日から、第5ステージの始まりです。よろしくお願いします。